🕒この記事は約6分で読めます
精巣腫瘍の手術当日。
22歳の私は、人生で初めて「死ぬかもしれない」という恐怖と真正面から向き合いました。
それでも、支えてくれる人の存在が“生きる力”になった。
あの日の病室、そして手術室でのリアルな体験を綴ります。
■ 手術の朝、ただならぬ緊張感
手術当日の朝。
早朝5時、まだ薄暗い病室で目が覚めました。
体は重く、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえます。
「今日、命を懸けるのか」
そう思った瞬間、背中に冷たい汗が流れました。
看護師さんが朝の検温に来て、
「緊張してますか?」と笑顔で聞いてくれました。
私は「はい…ちょっとだけ」と答えましたが、
正直“ちょっと”なんてもんじゃありません。
■ 家族との時間、そして言葉にならない思い
9時前、母が病室に入ってきました。
昨日までとは違う空気。
どちらも何を話せばいいのか分からず、
ただ黙っていました。
母から「頑張ってね」と一言。
その瞬間、涙が溢れそうになりました。
「ありがとう。行ってくる」
父は仕事の関係で来られず、
「絶対大丈夫だから」とメールをくれました。
たった一行のメッセージなのに、
その言葉がどれだけ心強かったか。
■ 手術室までの長い廊下
いよいよ呼び出しの時間。
看護師さんが「準備できましたよ」と声をかけてくれ、
私は病室のベッドに横になったままストレッチャーで運ばれました。
廊下の天井の蛍光灯が、
1本ずつ後ろへ流れていく。
まるでドラマのワンシーンのようで、
「自分が主人公なのか?」という感覚になりました。
手術室の扉が開くと、
一気に空気が変わります。
冷たく、張り詰めた空気。
医療機器の電子音が淡々と一定のリズムを刻んでいました。
■ 麻酔のマスクと、最後の意識
手術台の上に移され、
「お名前、生年月日、手術内容を確認します」
という声が響きました。
間違いなく、私の名前が呼ばれました。
「じゃあ、これから麻酔を入れていきますね。ゆっくり深呼吸してください」
顔にマスクがあてられ、
薬の独特な匂いが鼻を通り抜ける。
「ひとつ…ふたつ…」
心の中で数を数えているうちに、
視界の端がぼやけていく。
そして突如意識がストンと落ちました。
■ 目が覚めた瞬間、感じた“生きている”という奇跡
目を開けた時、
ぼんやりとした光の中で天井が見えました。
そして聞こえたのは、お医者さんの声。
「終わりましたよ。無事に終わりました」
「こんな大きな腫瘍が入ってましたよ」
ホルマリン漬けになった自分のタマを、
まだ意識がはっきりとしないなかで確認。
ひとまず終わったのか・・・生きてる
手術は成功。
左の精巣は無事に摘出されました。
痛みはあったけれど、
心の中ではみなさん“ありがとう”という言葉しかありませんでした。
■ 生きることは、当たり前じゃない
あの日、手術台の上で改めて気づきました。
「生きること」は当たり前ではなく、
多くの人に支えられてこそ続いているということ。
母、父、医療スタッフ、友人、そして彼女。
誰かの存在が、自分を生かしてくれている。
それを“実感”したのが、この日でした。
■ まとめ:生きる覚悟は、恐怖の先にある
・「怖い」という感情の裏には、必ず「生きたい」という想いがある
・命を預けるとき、人は強くも優しくもなれる
・感謝は生きる力に変わる
手術は人生の大きな節目でした。
でも、終わってみれば「恐怖」よりも「希望」が残っていました。
あの日から、私は少しだけ強くなれた気がします。
🔗 関連記事リンク
Next👉 手術後に見た“新しい自分”──現実を受け止める日
Prev👉「手術前夜、恐怖と希望のあいだで」──22歳の入院生活が始まった日


