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精巣腫瘍2回目の手術後、麻酔から目覚めた瞬間に湧き上がったのは痛みではなく「生きててよかった」という圧倒的な安堵。リカバリールームでの時間、喪失と向き合う心の揺れ、支えてくれる人の存在。手術後だからこそ気づく“当たり前の奇跡”を描いたリアル体験談。
■目が覚めた瞬間、感じたのは“痛み”ではなく“安堵”
「…あれ、終わった?」
ぼんやりと目を開けた瞬間、天井のライトが見えました。
そして聞こえてきたのは看護師さんの優しい声。
「終わりましたよ。無事に終わりました」
私はまだ手術台の上にいました。
頭の中は少しボーッとしていましたが、
“生きている”という感覚だけは、はっきりしていました。
■全身麻酔からの目覚め
前回の手術では、麻酔から覚めた瞬間にまた気絶するように眠ってしまった。
でも今回は違いました。
意識がはっきりしていて、周りの音や光も感じ取れる。
「ああ、ちゃんと終わったんだ」
■リカバリールームでの1時間
すぐに「リカバリールーム」へ移動。
容体の確認をしながら、数人の看護師さんが絶えず見守ってくれました。
この1時間、私はただひたすら思っていました。
「生きててよかった」
たったそれだけのことがこんなにも尊いなんて。
生きて目を開けられること、呼吸ができること、
誰かの声を聞けること──
そのすべてが奇跡のように感じました。
■病室での“初めての体験”
病室に戻ると、飲み物は口を湿らせる程度。
食事はまだできず、点滴だけで過ごします。
そんな中で訪れた人生初の“尿瓶体験”。
「ベッドの上でおしっこをする」
それだけのことなのに、なぜか変な背徳感と恥ずかしさがありました(笑)
でも、看護師さんが優しく対応してくれるたびに、
「生きてるって、支えられてるって、こういうことなんだな」と感じました。
■自分の体と向き合う
そして、ついに自分の下半身と対面。
思っていたよりも普通でした。
確かに手術痕はあり、腫れもあるけれど、
見た目は大きく変わったわけではありません。
ただ一つだけ・・・
確かに「ない」
そこにあったはずのものが、もうないという現実。
体よりも、心にその“喪失”が刻まれました。
■“生きている”という奇跡
身体は軽くなったようで、心は少し重たい。
それでもこうして生きている。
妻や家族の顔を思い浮かべながら、
「ありがとう」と心の中で何度も繰り返しました。
“死ぬかもしれない”と考えていたからこそ、
“生きている”ことがこれほどまでに嬉しかった。
手術を終えた夜、
私は静かに、穏やかに、深く眠りました。
■ この記事のポイント
- 手術後の最初の感情は「痛み」よりも「安堵」
- “生きている”という当たり前がどれだけ奇跡か
- 支えてくれる人の存在が、回復の力になる
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