入院の本当の辛さは“病気”じゃなかった

お金について

🕒 この記事は約6分で読めます<PR>

入院をしたことがないと感じない、体験できないことがある。
想像している以上に入院というのはつらい。

■ 「体が辛い」よりも、「心が辛い」

ギラン・バレー症候群の治療で入院していた頃、
私は初めて知りました。

「病気の辛さ」よりも、「入院生活の辛さ」のほうが心にくるということを。

体の痛みやリハビリの苦しさよりも、
心を蝕んでくる“3つの壁”があったんです。


■ ① 知らない人と同じ空間で過ごすストレス

私は4人部屋に入院していました。
もちろん「有料の部屋」ですが、個室ではないというだけでストレスは想像以上。

入院当初から同室だった年配の男性は、なかなかの“問題児”。
夜中にナースコールを何度も押し続けたり、
看護師さんにクレームをつけたり…。

仕切りのカーテン越しに、怒号や溜息が聞こえてくるたびに、
「ここに長くいるのか…」とため息が出ました。

“見えないけどずっと隣にいる他人”
これが地味にメンタルを削っていきます。


■ ② 暇すぎる時間との戦い

入院中の1日は、想像を超えて“暇”です。

朝6時に起床して、検温・診察・点滴。
午前中は検査などでバタバタするものの、
午後になると急に何もなくなります。

テレビを見るにも限界があり、
スマホもすぐに飽きる。
時間だけが永遠に流れていく感覚。

「休めていいね」と言われるけれど、
“やることがない”というのは、実は相当つらい。

私はコンビニで小説を何冊も買い込んで、
物語に逃げるようにページをめくっていました。


■ ③ 人と話せない「孤独」

入院中、看護師さんや医師と話すのは一日わずか数分。
それ以外はほぼ沈黙の時間です。

誰かに「今日こんなことがあった」と話すこともできず、
スマホを打つのも手が震えてうまくいかない。

“会話がない”というだけで、
人はこんなにも心が弱るのか――
その現実を思い知りました。


■ 唯一の楽しみ「病院食」

そんな中で、私が毎日楽しみにしていたのが「病院の食事」でした。

白米、味噌汁、野菜、牛乳パック。
見た目は質素でも、「誰かが自分のために用意してくれた食事」だと思うと、
心がじんわり温かくなりました。

普段は当たり前に食べていたご飯。
それが、「当たり前」じゃない。

入院して初めて、
「食べられること」「生きていること」のありがたさを実感しました。


💬 まとめ

・入院の辛さは「体」よりも「心」
・知らない人との空間・暇・孤独が、じわじわ精神を削る
・でも、そんな中でも「誰かが作ってくれた食事」が心を救う


💡 あなたへのメッセージ

もしあなたや大切な人が今、入院しているなら――
「話を聞いてあげる」それだけでいいと思います。

人は“理解されること”で救われる。
どんな励ましよりも、共感の言葉が支えになる。

そして、健康なあなたは、
今日食べたご飯を「おいしい」と感じられる幸せを、どうか忘れないでください。


🔗 関連記事リンク

Next👉 勝ち負けがあるから、人は心を動かされる
Prev👉 ようやく入院。少しの希望と大きな孤独


(入院費の備えはこちら<PR>)

タイトルとURLをコピーしました