体が動かないのに、原因がわからない。
病院をいくつも回っても答えが出ず、
自分の体が壊れていく恐怖と不安に押し潰されそうだった。
やがてたどり着いた病名は「ギラン・バレー症候群」。
原因が「わからない」という地獄
「検査結果、特に異常は見られませんね。」
先生にそう言われたとき言葉を失いました。
脚に力が入らない。
手が震える。
ペットボトルのキャップも開けられない。
明らかに「何か」がおかしいのに「原因がない」と言われる。
そんな理不尽があるでしょうか。
がんのときも怖かった。
でもあの時は「敵の名前」があった。
今回はその敵すら見えない。
ただただ、身体が壊れていく感覚だけが残る。
それはじわじわと心を蝕んでいくものでした。
医者を渡り歩く日々
「神経の病気かもしれませんね」
そう言われて次に紹介されたのは整形外科。
電気を流して反応を見る検査を受けましたが、
やはり「原因は不明」。
整形外科の先生も首をかしげていました。
家に帰ってから、私は必死で検索しました。
「筋力低下 原因不明」「両手両足 動かない 病気」
そしてある病名にたどり着きます。
ギラン・バレー症候群
それは「ギラン・バレー症候群」。
高熱のあとに手足が動かなくなる。
進行すると呼吸もできなくなる。
まさに自分の症状と一致していました。
私はすぐに病院へ行き先生にこう言いました。
「ギラン・バレー症候群じゃないでしょうか?」
すると医師は少し面倒そうに言いました。
「あぁ、そうかもですね。じゃあ……どこか紹介しますね。」
そしてなんとその場でスマホを取り出し、
Google検索で病院を探し始めたのです。
「……え、先生、それ僕でもできますけど?」
思わず心の中でツッコミました。
初診で「いい医者」に出会う難しさ
後から聞いた話では、その先生は
「専門外には関わりたくないタイプ」だったようです。
今思えば、ここでの初動が完全に失敗でした。
病気って診断のスピードが何より大事なんです。
原因不明のまま1ヶ月半が過ぎました。
脚の筋肉が「ブチブチ切れるような痛み」。
肩は凝り固まり、腰も悲鳴を上げる。
寝返りをうつたびに電気が走るような激痛。
「生きてるだけで疲れる」という表現が、
あれほどリアルに感じられたのはこの時だけです。
そして、ついに『その日』が来た
東京の空にブルーインパルスが飛んだ翌日。
2021年、東京オリンピックの夏。
紹介された大病院で、私はようやく「答え」に近づきます。
医師は私の検査データを見ながらこう言いました。
「ギラン・バレー症候群の可能性があります。
ただかなり珍しい症状ですね。」
そして続けました。
「入院しながら検査と治療を進めましょう。」
その言葉を聞いた瞬間、
全身の力が抜けて涙が出そうになりました。
「やっと……見つかった」
そう思いました。
1ヶ月半、原因がわからず、
ただ不安の中で過ごしてきた毎日。
やっと『名前のある敵』にたどり着いたのです。
安堵と恐怖は同時にやってくる
でも、安心したのも束の間。
医師の言葉が頭に残りました。
「稀な症状なので、進行が早い場合もあります。」
やっと見つけた「病名」は、
安心と同時に恐怖をもたらしました。
それでも私はようやく光が見えた気がしたのです。
🩹メモ:診断までの注意ポイント
ギラン・バレー症候群は発症初期では
「筋肉痛」「神経痛」「腰痛」と誤診されることが多いです。
- 症状が左右で違う
- 一度回復したように見えて再び悪化
- 微熱・胃腸炎後の筋力低下
このようなケースでは、神経内科の受診が重要です。
当ブログは筆者個人の体験記です。医療上の判断を目的としたものではありません。症状がある場合や治療の判断は医療機関にご相談ください。記事内で医学的事実・制度等に触れる場合は、公的機関や医療機関、学会等の一次情報を参照し、記事末尾に参考リンクを記載します。
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