退院と放射線治療。日常に戻るという『リハビリ』

精巣腫瘍1st
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退院しても、すぐに『元通りの生活』に戻れるわけではない。
精巣腫瘍の摘出手術を終えた私は、放射線治療を受けながら「心と体を立て直す時間」と向き合った。
再発への不安、仕事への焦り、そして『日常を取り戻すリハビリ』の記録。

退院しても、すぐには「元の生活」に戻れなかった

手術から1週間後、無事に退院の日を迎えました。
久しぶりに浴びた外の空気は、
入院中に想像していたよりもずっとまぶしくて、
同時に「もう後戻りできない」という現実も突きつけてきました。

帰りの車の中では母が運転し、
助手席で私は静かに窓の外を眺めていました。
心の中は「安心」と「不安」が入り混じった不思議な感覚。

「もう病院に戻りたくないな」
そう思いながらも、次の通院予定がすでに決まっていました。

再発を防ぐための「放射線治療」という選択

退院して間もなく、おなかのあたりに転移がありました。
それをやっつけるための「放射線治療」を勧められました。

病理の結果はセミノーマ(精上皮腫)
比較的おとなしいタイプの精巣腫瘍ではあるので、
切除で終わる予定でした。

しかしそのがんは私のリンパ節へ転移していました。

「もう十分頑張ったのに、また治療か…」
そう思う一方で、
「生きるんだ」という気持ちも強く、
5月から治療を受けることを決めました。

放射線室の空気 『静かな恐怖』があった

初めて入る放射線治療室。
厚い扉が閉まる音が、やけに重く響きました。
部屋の中央にある金属製のベッドに横たわると、
天井に設置された大きな機械が静かに動き出します。

「では、始めますね」
という声と同時に部屋の中は静寂に包まれました。

放射線は痛くも痒くもありません。治療自体はセットから1回10分程度。
それを週5回、1か月続けるスケジュールでした。

通院の毎日は『体より心』との戦いだった

通院を始めると、
普段の生活に少しづつ復帰し始めました。

しかし体はまだ本調子ではなく、
午前中に治療をした後、お昼になると強い吐き気に襲われました。

それでも「元気に見られたい」「普通でいたい」と思い、
夜は単発のアルバイトをはじめました。

周りは会社に入って稼いでいる。
私もその「普通」に参加したかったのです。

放射線治療が教えてくれた「焦らない」ということ

1か月の放射線治療が終わる頃、
少しずつ体の疲れが抜けていくのを感じました。
髪の毛や肌の変化もほとんどなく、
副作用は比較的軽かったのが救いでした。

ただ、心の中では「もう病気を繰り返したくない」という想いが
日に日に強くなっていきました。

その時主治医が言ってくれた言葉が今でも忘れられません。

「病気は『焦らせる』けど、回復は『ゆっくり』でいいんですよ。」

それを聞いて少し肩の力が抜けました。
健康って、すぐ取り戻すものじゃない。
『取り戻していく過程』そのものが、リハビリなんだと気づきました。

退院後に得た3つの教訓

  1. 体より先に、心の回復を意識すること
  2. 「普通に戻る」よりも、「新しい自分をつくる」気持ちを大切に
  3. 焦らず、比べず、自分のペースで進むこと

退院はゴールではなく、
【第二のスタートライン】でした。

放射線治療はつらいものではなく、
「焦らず進むための時間」だったのかもしれません。

まとめ:日常を取り戻す『リハビリ』はゆっくりでいい

退院して、放射線治療を受け、
少しずつ日常を取り戻していく中で感じたのは・・・
「生きるスピードは人それぞれでいい」ということ。

がんの治療も、心の回復も、競争じゃない。
大切なのは『今日をちゃんと生きること』。

焦らず、諦めず、前を向く。
それが私の「再出発」でした。

この記事を書いた人
maromau

3度の大病(精巣腫瘍を2回/ギラン・バレー症候群)を経験。
「不安の中にも希望はある」をテーマに生きるヒントを発信しています。
病気のこと、お金のこと、感じたこと、気づいたこと、色々と発信をしていきたいと思います。

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